暗夜行路のブログ★

ダメ人間のぼやきです。

私と全集②

 

私と全集②

 
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思い付きで、なんとなく書かせていただいております。

 

 

 

今日は行政書士の勉強もあまり進まず、今読んでいる泉鏡花婦系図(現代日本の文学Ⅱ-1)も、低血圧のせいかどうにも頭が回らず読み進めないでいる。

 

 

 

戸川幸夫動物文学全集を読み終わったのち、似たような本はないかと探していたら、図書館で講談社から発行されている「世界動物文学全集(30)」を発見した。戸川幸夫の全集が15巻だったので、巻数はその倍になる。

 

 

 

漠然と自然に興味があった時期なので、早速ヤフオク30巻揃いで売っていないか確認した。確か、7000円くらいで買った気がする。

 

 

 

「古きよき時代の懐かしい古典から、現代に至るさまざまな秀作を網羅し、自然回帰への渇仰に応える空前絶後の集大成」と、帯に書いてあった言葉がなんとも全集らしい。

 

 

 

当時は就活もせず、大学での友人付き合いも皆無だったので、本を読む時間は大いにあった。バイト代は殆ど大学の学費に消えていたため、趣味といえば金のかからない読書くらいなものだった。

 

 

 

ジャングルブック」や「ジェニィ」のような児童書に近いものからノンフィクションの「私のルーファス」「愛しのエルザ」「野生に帰れ」非常に難解な「自由の大地」など。動物文学というテーマを基準に、様々な小説を集めたものになっていた。

 

 

 

最初に読んだのはバイコフの「偉大なる王」だったと思う。しかし、動物文学のなかでも非常に有名な小説のはずなのだが、イマイチ内容を覚えていない、ジャク・ロンドンの「白い牙」や「野生の呼び声」の内容はよく覚えているのだが、なぜだろう。

 

 

 

逆にあまりメジャーではないと思われる「クマオンの人食いトラ」のトラ狩りの話や「霧の中のトラ」のような、トラが檻から脱出して大騒ぎになる話はよく覚えている。全集のいいところは有名な話から、知名度は低いものの読んでみると面白い作品に出合えるところだろうか?

 

 

 

先ほど難解な作品だと指摘した「自由の大地」(ロオマン・ギャリイ著)などはその一例だろうか。この巻はほかの巻よりも分厚く、時系列が前後する部分が多いので読むのに苦労する。巻末の解説にも

 

 

 

アンドリッチの「子羊アスカ死の舞踏」で少々戸惑いを覚えた読者は、スワースアウトの「動物と子供たちの詩」で困惑を深め、この「自由の大地」で大石に頭をぶつけたような気になり、困惑を通り越して腹を立てたのではないのだろうか。

 

 

 

と指摘している。

 

 

 

しかし、この自由の大地はフランスの文学賞である「コンクール賞」を得るなど、世間的な評価は悪くない。

 

 

 

主人公のモレルは仏領赤道アフリカにおいて象の保護を訴えるのだが、やがてテロ活動に発展。一時は現地人の賛同を得るものの、実際は両者の考えに乖離が生じており、主人公のモレルは最後に孤立化することになる。確かそんな話だったと思う←話を要約して分かりやすく伝えるのって難しいよね。

 

 

 

また、モレルと行動を共にしていた現地人のワイタリの言葉が印象的だった。

 

 

 

しかし、私たちは、今なお子供たちを食べにやってくる前史時代の象やライオンと時代を同じくして、いろいろなお守りなどを大切にする無知の中にうずくまる大陸ではなくて、前進しつつある大陸となりたいのです。ジャングルは私たちにとって追い払わなければならない害虫です。私はあなたがたが素晴らしいと叫ぶそれらの動物どもの打ち殺すに少しも後ろめたさを感じません(P323)

 

 

 

それに対し

 

 

 

自然の尊重ということがどういうことかを理解するには、沢山の血を流さなくてはなりません。あの若者たちは実際あらゆる勉強にも関わらず的が外れておりました。もしあの生意気盛りの青年たちが、自然保護のために一生をかけるという気持ちにまだなっていなかったとしたら、それは彼らがまだ自分でそれほど苦しんでなかったからなのでしょう(巻末より)

 

 

 

自然保護を簡単にはいうものの、それを実際に理解するには、様々な苦難の過程を経なければならないということだろうか。ワイタリのような知識層からしてみたら、自分の故郷が無知で前時代的な境遇に置かれているのは納得できないだろう。しかし、発展の反面。自然は開拓されていかなければならない障害物である。ということだろうか?

 

 

 

環境倫理を考えていくうえでも、世界動物文学全集は役に立ったと思う。日本の戸川幸夫の動物文学全集に対し、世界動物文学全集は西洋の思想を主に重点を置いているので、キリスト教的な発想が強いように思われる。

 

 

 

動物救出大作戦のような、ダムに沈むジャングルの動物たちを保護しようとする活動は、旧約聖書ノアの箱舟に酷似している。創世記にみられるように、人間は自然や動物を管理するために創られたという考え方があればこそ、こういった活動が存在するのではないだろうか。

 

 

 

まだまだ書き足りないような気もするが、なんだかもう疲れてきてしまった。

 

 

 

世界動物文学全集を読んで、いろいろと考えさせられる節はあった。特にこの全集は巻末のあとがきの内容が鋭いので、そこだけ読んでみて、興味の持てそうな作品を読んでみるのもアリかも知れない。

 

 

偉大なる王(ワン) (中公文庫)

偉大なる王(ワン) (中公文庫)

 

 

 

 

野性の呼び声 (光文社古典新訳文庫)

野性の呼び声 (光文社古典新訳文庫)

 

 

 

白い牙 (光文社古典新訳文庫)

白い牙 (光文社古典新訳文庫)

 

 

 

自由の大地〈上〉―天国の根 (1959年)

自由の大地〈上〉―天国の根 (1959年)

 

 

 

自由の大地〈下〉―天国の根 (1959年)

自由の大地〈下〉―天国の根 (1959年)

 

 

 

 

 

 

 

私と全集①

 

学研から出版されている。現代日本の文学50巻をなんとか読み終えられました。なので、その記念にひとつ書いてみようと思います。



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↑近所の図書館で撮ったものです。

 

なんだかまあ、自己満であって自己満なのですが。ちょっとした記念に、どういう経緯で全集を読むに至ったのかを書いてみたいと思います。

 

 

なんで全集を読もうと思ったのか?

 

実はわたくし、大学時代に中二病を発症しまして(まあ、いろいろと学業や人間関係で悩んでいたわけです)一時期某小説サイトでわけのわからない小説を投稿していました。

 

・・・・まぁ、昨今の大学生の例に漏れず。文章などあんまり読んだことのないわたくしなので、非常に恥ずかしい作文を何万字と書いて投稿しておりました。物凄い熱の入れようで、一日中起きているときはパソコンに向かって、三日三晩文章を書いていたこともあったのですが、反面閲覧数は。

 

・・・・・(笑)

 

でしたね。

 

客観的に見て、人を惹きつけられるようなものはなく、文章も作文レベルだったのが現実だったのでしょう。ただ単に殴り書きをしていただけだったので、今考えてみるとズボンのチャックを開けたまま、外に出て大声で叫んでいたようなものだった思います。

 

 

不幸中の幸いは、その行為を見ている人が非常に少なかったということでしょうか。

 

 

(大学のレポート以外にやることは、バイトとゲームとニコニコ動画。にも関わらず意識高い系←苦笑。しかも留年)

 

まあ、こんな阿呆だったのですが。何か月と小説を投稿していくうちに、自分のボキャブラリーが全くないことに気が付きました。大学という日本の最高学府に通っているにも関わらず、頭脳は5歳で止まっている悲しい自分。往々にして人間というものは、自己評価のわりに客観的な評価がよろしくないものだったりしますよね。

 

中二病ならば(ry

 

理想と現実の差を思い知らされたわたくしは、意を決して本を読むことにしました。

 

 

戸川幸夫動物文学全集

 

まず初めに読んだのは戸川幸夫動物文学全集(全15巻)でした。

 

なかなかニッチなジャンルですね(笑)

 

なんとなくシートン動物記なんかに興味をもっていたので、ヤフオクで安く出品されているものを買いました。

 

あとはにわかにケモナーもやっていたからでしょうか(爆)。放サモとか地味にやってます。

 

↑案外こっちのほうが正真正銘の本心かも知れません・・・・・

 

最初は厚い本が15巻もある全集を買ったものの、全て読み切れるとは思ってもいませんでした。・・・・がしかし、第1巻の孤独の吠え声。これが結構面白かったです。

 

今のアニメやら、ラノベなんかの若者向けの媒体にはない面白さというものでしょうか。一昔前の渋い日本の感性に惹かれました。最後の結末はなんとも悲しい・・・一種の英雄譚とも言えるのではないでしょうか?

 

戸川幸夫は小説の筋も大体決まりきったようなものが多いのですが、失われてく日本の自然に関する話題や、猟師の話なんかは読んでいて面白かったですね。

 

密猟者万次郎、凍原に吠えるといったような北方諸島・南樺太が舞台になっている小説は、今となっては貴重なものではないかと思います。

 

また人食い鉄道や牙王物語も、王道的な小説でありますが。戸川幸夫の動物に対する愛、それに関する知識が非常に輝いている作品だと思われます。

 

↑まだまだいろいろと書きたいところですが、これくらいにしておきます。

※ちなみに、第一巻に収録されている「高安犬物語」は直木賞を受賞した作品です。

 

絶滅してしまった種に対する悔恨の念。そして、犬と人間の友情の物語・・・なんて書いてしまうと当たりさわりがないよなぁ

 

動物文学は、しいて言えばポ〇モンのサト*とピカ@ュウの原型とも言えるんじゃないかと思われます。

 

 

 

孤独の吠え声 (講談社文庫)

孤独の吠え声 (講談社文庫)

 

 

 

高安犬物語 (戸川幸夫動物物語)

高安犬物語 (戸川幸夫動物物語)

 

 

 

思っていたより長くなりそうなんで、暇があったら続きを書きたいと思います。

 

想像以上に、文章を書くって大変な作業だよなああ。

 

二時間かけて1500文字しか書けていない。

 

 

折り紙

 

小さい頃、結構ユニット折り紙が好きだったのですが、最近暇になってまた折り初めています。

 

読書や勉強は、こまめに休憩しないと出来ないのですが、折り紙は不思議とあまり休憩せずともできるのですよね。

 


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今日は折り紙と、現代日本の文学「石川淳」を読んだら一日が終わっていました。行政書士の勉強はあまり進んでいません……どうにも右手の調子が悪く、あまりノートが作れなかったのも原因の一因か。

 

現代日本の文学は現在44冊目で、あと16巻読めばシリーズ全てが読み終えられます。まだまだ道のりは長いですね。

 

全集読みなんて、なかなか古典的なことを趣味にしている僕ですが、色々と考えさせられることはありますし、今の日本人って色々なことを忘れ去っているのだなぁと思う次第です。

 

過去を知れば、今の世の中がわかる部分もあると思うのですよね。まぁ、僕みたいな暇な人間でないとやらないでしょうし、需要は微妙なところでしょうが、全集読みって結構楽しいですよ。

 

個人的な話になっちゃいますけどねー

 

 

 

 

 

勉強の合間に

 

折り紙折ってます。

 

大人になってからは、あまり複雑なものは折らなくなりましたが、配色を考えるだけで結構楽しめます。

 

暇があるって本当にいいですね。

 


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↑携帯からの画像を載せると、なんでだか横向きになってしまうのですよね。

 

あーあ。

 

本当に人生どうしよっかなー

 

悲しき元SWMGR

 

こうやってブログを作ってみたのの、更新頻度はかなり低い。

 

ブログを書くのであれば、他のことをしてしまう。

 

最近は、行政書士に興味を持っているのでそちらの勉強をしたり、趣味の文学全集を読んでいるとあっという間に時間がとられてしまう。

 

現状無職なのですが、やることは案外ありますね。

 

 

そんな感じで今日は、以前働いていたお店にユニフォームを返却しに行きました。

 

・・・・・しかし、クルールームに入ったとたん店長に「今忙しいから、用事なら後にして!」

 

と言われ、なんだかなあ・・・・な気持ちで返してきました。

 

「今元気にしてる?」

 

・・・・とか、一言あってもいいようなところだったのになあ。辞めて正解だったのかも。長年仕事してきた人間に言うセリフではないわな。それだけ余裕がないのだろう。

 

うち店長は、冗談抜きで寝る暇もなく仕事をしていらっしゃる。他の店舗がどうなのかは知らないが、うちのフランチャイズは結構待遇が厳しい。月に休みが実質四日あればいいほうだと言っていたかな。お店が開店してから閉店までいることも結構あるし、正真正銘のブラック店舗だろう。

 

かくいう私も散々な目にあってきたので、先月辞めてきたのだが、うちの店舗然り。マクドナルドは待遇の厳しい店舗が多い気がする。

 

八年働いてきたので思い残すことも多いが、私ももう年齢が年齢(二十後半)だし、うちの店舗は環境が悪いせいか、人間関係も煩雑なことが増えてきて心理的にも大変だった。

 

はあああ・・・・・なんだか最後の最後で後味が悪いけど、早くほかの仕事探したほうがいいよなあ。

 

 

「正義」がゆがめられる時代 (NHK出版新書 516)

「正義」がゆがめられる時代 (NHK出版新書 516)

 

 ↑サービス業に関して書かれている部分がありました。

 

日本社会の生きづらさというものが見えてくるかとおもいます。

 

・・・・コスパ至上主義もとい、いくら仕事して努力しても、どうにもならない怒りが日本に渦巻いている。

 

植松聖について知りたい方にもオススメ。

 

あの人は私と同じ教育学部卒だし、同じの年代なのでなんとなくですが、気になる存在でした。

 

共生舎に行ってきました

 

共生舎に行ってきました♪

 

かなり久しぶりにブログを更新するので、なんだかまとまりのないものになりそうです。

・・・・且つ、あんまり説明が上手な人間ではないので、どうなることやら。

 

 

共生舎に行こうと思ったきっかけ

 

今月いろいろとあって無職になりました。最近は殆ど寝るか仕事するかの生活だったし(とはいいつつも休みはありました苦笑)人間関係の煩わしさもあり、店長に怒られ怒られ辞めてきました。

 

以前から、ツイッターやブログで共生舎という場所があるのは知っていたので、暇をもらったので今回行ってきました。

 

・・・・田舎で家賃なしで生活できるってなかなかそうない話ですし、なによりも時間があるのが魅力的。僕の所持している大量の書籍群を読みながら生活するのもいいし、畑やるのも面白そうだなーなんて勝手なことを想像していました。

 

 

とんでもなくド田舎

 

自分は神奈川在住なので、神奈川近辺の田舎しか想像できないのですよね。せいぜい清川村とか山北あたりの田舎でしょうか?

 

・・・・そんなレベルではないのですよね。

 

和歌山の紀伊田辺からバスで向かうのですが、共生舎のある五味までいくバスは一日に二本しかありません。且つ、途中から予約制の住民バスを使用しなくてはなりません。

 

・・・・そちらも確か一日二本だけだったかと思います。しかも、住民バスを使ってから五味まで行くのに一時間は山道を走らなければなりません。

 

僕が行ったときは運悪く台風が直撃してくるようなときでしたが、もしもこれから共生舎に行きたい方がいるのであれば、そういう日は行かないほうがいいと思います。

 

山道が土砂で塞がることだってあり得ますし、道路が冠水して通れなくなる可能性もあるのですよね。自分がいったときも岩が落ちていたり、大きな枝があったりと、正直に言って危険でした。

 

・・・・・住民バスの運転手さんには迷惑をかけたかもなぁ、すんごい世間知らずなタイミングで来ちゃったと思います。道は細いしすぐ横は崖だし、自分だったらこういう山道は走れないですねー。気づいたら崖の下にダムに落ちていると思います。

 

こういう秘境に行ってみますと、車が動いているだけで物凄く有難みを感じますね。

 

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 ↑画像だと分かりにくいかもしれませんが、とんでもなく大雨でした。

 

全く変わり映えしない山道を一時間以上走ったのちに、五味の集落が見えてきます。人口はたしか11人(共生舎のニートを含めないで)の限界集落です。

 

コンビニなんてものはどこにもないし、ましてや売店も自販機もないです。あるのは見渡す限りの山と川・・・・(と寄り添うように建つ家←基本的に廃屋っぽいです)

 

携帯電話はsoftbank以外通じないらしいです。自分はauだったので駄目になりました。

 

 

共生舎の様子

 

田舎で集団生活をしているということなので。皆さん外に出て畑を耕していたり、生活に関する規則が細かく規定されていたりするのかと思っていたのですが、共生舎に住んでいる方々は非常に自由に生活していらっしゃいました。

 

都会に比べれば全く不便なところですが、時間は有意義に使えそうです。山奥ニートと呼ばれるだけあってか、皆さんアニメを観たり、ゲームをしたり、漫画を読んだりと思い思いのことをなされていました。畑仕事をしたり、田舎生活を満喫しているような感じではあんまりないですね。狩猟とかはしているみたいですけど。

 

こちらに住んでいる人の話を聞いたところによると、物はないし、水道は止まるし、停電することもよくあるけれども、ここでの生活はストレスがなくていいと仰っていました。

 

コンビニも飲食店も娯楽施設もなくとも、人間ってそれなりに暮らせるんですよね。僕はそういうものに慣れ切っているので、なんだか不思議な感じです。ネットにさえ繋がっていれば通販もできるし、なんだかんだでやっていけるそうです。

 

 

感想

 

共生舎のある五味という集落は、信じられないような田舎でした。正直に言えば「よくこんなところに人が住んでいるよなあ」という印象でしょうか。僕は田舎暮らしにあこがれて行ってみたのですが、いろんなことを考えさせられます。

 

現状の日本において、多くの人がやりたいと思えるような生活ではないと思いますが。本当に何もない田舎という場所と、ニートという生活形態が互いにうまくマッチングして、今の共生舎が出来上がったような気が致します。

 

もちろん、田舎に出て積極的に活動を行ってみるのもアリなのでしょうが。共生舎の雰囲気は老荘思想な感じです。活発になにかをしたい人よりも、田舎でゆっくりしたい人には向いているのではないでしょうか。

 

・・・しかし、残念なことに今は空いている部屋が無いそうです。

 

僕は人の目を気にしてしまう性分なので、十数人が共同生活をしている共生舎で生活するのはちょっと厳しそうです。僕は孤独気質なので、離れとかでひっそりと暮らしたいかなあ。

 

ただ、そんなことをしていると、影が薄いのでそのうち忘れ去られるかも知れないですね(苦笑)

 

うちにある大量の本と、それを読むことができる膨大な時間が欲しいです。

 

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 ↑共生舎の近くにある石碑

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↑五味の集落には石像がよくありました。今は限界集落でも、昔は多くの人が居住していたのかも知れません。

 

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↑その他諸々の画像

五味の集落にはシキミの木が多かったです。

 

 

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

 

↑共生舎においてあったphaさんの本です。

これを読むまでは、漠然と仕事してないで生活している人だとしか思っていなかったのですが、なかなか面白かったです。

 

世の中に生きづらさを感じている人は、是非読んでみてはいかがでしょうか?

 

 

現代日本の文学47その2~芽むしり仔撃ち~

現代日本の文学47その2

 

 

 

今更ながらではあるが、全集に掲載されている作品全部に関しての感想を書くのはなかなか厳しそうだ。以前私は阿部公房氏の作品で「けものたちは故郷をめざず」の感想を書いたのだが、とりあえず次は大江健三郎氏の「芽むしり 仔撃ち」について話したいと思う。

 

芽むしり仔撃ち (新潮文庫)

芽むしり仔撃ち (新潮文庫)

 

 

 

ちなみに、阿部公房氏の作品で、「闖入者」は個人的に気に入っているので、オススメする。ちょっと時間があったら、他の作品についても感想を書きたいところ。

 

「芽むしり 子撃ち」この作品は、戦時中に感化院(今で言えば少年院)に収容されていた子供たちが、護送の途中で、疫病が発生して隔離された村に閉じ込められる話である。

 

近現代以前の日本では、人の死というものが身近にあった。・・・・・むしろ、今私達が生きている社会は、異様なまでに死というものに切り離されて成り立っている。いつ、自分が死ぬのかわからない状況というのは、全くもって理解しがたいし、未知の領域である。

 

「そして夜更けに長い間苦しんでいた仲間が死んだ。そのとき、僕らは不意に目覚めた。それは激しい音や突然の存在感に刺激されたというよりも、そのまったく逆の原因によるものだった。僕らの浅い眠りの群がりのなかで、一つのひそかな音が消え、一つの存在が失われた。そういう奇妙な異質の感じが僕らを一様にとらえた」

 

あっけない。そうとしか言いようのないものだ。大江健三郎氏は人の死に立ち会ったことのある人間なのだろう。一人の人間がこの世から消えても、何事もなかったかのように世界は動くのである。

 

しかし、この物語で主題をなすものは「人間の死」ではなく、農村に暮らす人間の閉鎖性だろう。疎開してきた子供たちに接する態度は、人間のものではなく、動物を扱うような冷酷なものだ。現代的な倫理が通用する世界ではなく、原始的で粗野な、多数者が少数者に転落した人間を抑圧する世界だ。

 

父親の弔いをしていた少年。疫病に罹った母親を持つ少女。そして感化院の少年たち・・・・・。

 

彼らは、決して通りぬけることのできない、村人の偽善の壁に屈服することになる。

 

もしも、この壁を乗り越えようとするならば・・・・?

 

われわれも、多くの壁によって屈服されているのは同じだと思うこのごろ。

 

われわれ人間は多かれ少なかれ、内的自己と外的自己・・・・本音と建前、内面とペルソナ使いわけて生きている。もしも、心の底の本音である、内的自己を貫き通そうとするならば、どういう状況に見舞われるのだろうか?

 

ほか飼育。不意の唖、後退青年研究所、アトミック・エイジの守護神。

 

これらはどれも戦争を扱った作品で、人間の根源的で拭うことのできない弱さといものを、表現した作品群だった。

 

死者の奢り・飼育 (新潮文庫)

死者の奢り・飼育 (新潮文庫)

  
『個人的な体験』と初期短篇 (大江健三郎小説)

『個人的な体験』と初期短篇 (大江健三郎小説)