暗夜行路のブログ★

ダメ人間のぼやきです。

Doll shop その②

恐る恐るではあるが、彼女も仕方がなしにdoll shopの扉を開く。

 

館の中は、沈鬱な暗闇に包まれていた。触ったら煤が付くのではないかと勘違いするくらいに、深い漆黒である。

 

「ねえ和子、どこいったの?」

 

不安げに辺り見回す。

 

かび臭い淀んだ空気がフロア一帯に充満している。店舗が営業している様子が全くない。

 

和子は一歩一歩を踏みしめながらdoll shopの内部に侵入していく。

 

ぎし ぎし ぎし と、床の軋む音が嫌に響いた。

 

「もう帰ろうよ・・・・」

 

不安の混じった和子の嘆願は、闇の中へと消えていく。

 

「泉?」

 

和子の目の前に、泉らしきぼんやりとしたシルエットが現れる。

 

店の中は、窓から照らし出される月光だけが光源だった。

 

微かな幽玄たる月漏光が、彼女を艶めかしく映えさせる。

 

「さあ、もう帰ろう。また今度、他のエステサロンを探そうよ」

 

和子は泉の手を取った。

 

 

「・・・・・・・!」

 

 

彼女の手を握ったとたん。掌から電流が疾走し、背筋を伝わり全身が震え慄く。

 

泉の手が、無機質で陶器のような肌触りを宿しているのだ。

 

 

「い ひ あああ」」

 

 

和子は喉の奥から奇妙な声音を発し、血の気の通わない彼女の掌を投げ出した。

 

 

ごろん がた

 

 

泉のようなシルエットを持つ物体が、不自然な姿勢で床に倒れる。

 

人間の関節の動きを無視した、軟体生物のような不自然な形状の物体は、ショーウインドウなどに展示されているマネキン人形だった。

 

「・・・なにこれ、気持ち悪い」

 

和子は眉をひそめ、その物体を睨めつける。

 

女性の形をしたプラスチックの物体は、月夜に照らされて*玲瓏の光沢を放つ。

 

生物に非ざるマネキンの身体は、生命なき石鉱の不気味さと、ある種の妖艶さを漂わせていた。

 

和子が唖然としてその人形を見下していると。舞台の照明が点灯されるが如くに、部屋の中が明るくなる。

 

和子は突如として、鮮やかになった光景に瞼を細めた。

 

「お客様、お待たせいたしました」

 

か細い女の声が、どこからともなく聞こえてくる。

 

いつ、この部屋にはいってきたのだろうか?

 

部屋の一隅に、幽艶とも言うべき淑女が頭を垂れてお辞儀していた。

 

マネキンのような白い肌に、清流のような黒髪が、陰と陽とでも言うべき対極美をなしている。

 

齢は全く見当もつかない。若齢でもあり、それでいて成熟した大人の艶気を醸し出している、*傾城傾国の美女だ。

 

「これから、泉様の*転生をご覧いただきたいと思います。どうぞ、こちらへお進みくださいませ」

 

美女は、恭しく一つの扉を指名する。

 

それは血のような深紅色で「手術室」と書かれていた。

 

 

*玲瓏 玉などが透き通るように美しいさま

 

*傾城傾国 絶世の美女の例え

 

*転生 生あるものが死後に生まれ変わること。転じて、美しく生まれ変わるという意味で使わせていただきました。

 

 

doll shop その① ※文字の練習のため短編小説を執筆

Doll shop ※二次創作小説です。

 

 

冥冥とした闇夜に、燦燦としたクリスマスのイルミネーションが輝きを放つ。

 

光は暗闇の中で輝いている。だが、暗闇は光を理解しなかった。

 

「どこもかしこも人ばっかりね。それに和気あいあいとしたカップルの群れ・・・・。私たちみたく、非リア充にとっては肩身の狭い祝日だわ」

 

和子は白いため息を吐く。

 

「私も今年こそはいい男を捕まえるって思ってたんだけどな~。高身長・高学歴・高収入のね」

 

泉は「高」を強調して、指を一、二、三と広げる。

 

「また、泉の3K病が始まったわね。そんなうまい具合に三拍子が揃った美男子は、私たちみたいな残り物には期待できないわよ」

 

和子はわざとらしく肩をすくめる。

 

和子も泉も、二十の半ばを超えていた・・・・そろそろ落ち着くところに落ち着きたいと、心から願う歳頃だ。

 

「やっぱり、私の顔がよくないのかな~。最近はお肌のツヤも曲がり角で、毎日が小じわとの戦争だし。身体も徐々にだけど、若い頃のハリツヤが失われているのよね~」

 

泉は人差し指で、ほうれい線を引っ張る。

 

一生を美しくありたいと思う女性の気持ちは、時の経過によって裏切られてゆく。

 

「だから今日は、某有名人もご用達だって噂のエステサロンに行くことにしたんでしょ?確か、ここを曲がって突き当りの・・・・」

 

和子はスマホの画面をタップしながら、今いる場所と地図情報を交互に眺める。

 

「ああなんだ。すぐ目の前だったわ」

 

彼女の口から独白が漏れ出す。

 

二人の眼前には、クリスマスで活気づく*瀟洒な表通りとは裏腹に、魔女でも住んでいるのではないかと怪しむほどの、うら寂れた館が門を構えていた。

 

庭の植物は雑草に覆いつくされ、微かに薔薇の形状を留めた低木が、僅かに生脈を保っている。屋敷には蔦がミミズのように這い。ひびの入った窓ガラスからは、燈火の一筋さえない。

 

人の気配が全くしない。今日が定休日だとは、公式サイトには書いていなかった。急な都合でもできたのだろうか?

 

また、玄関と思われる表札には簡素な文字で「doll shop」と綴られている。場所を間違えたわけでもなさそうだ。

 

「なんだか・・・・趣のあるところね。お化け屋敷みたい」

 

泉が、屋敷の庭園に一歩踏み出す。

 

「ねえ、もしかして今日は事情があって、休みなんじゃない?」

 

一方で和子は、館に入るのを躊躇していた。

 

明らかに、この屋敷内には陰気なものが立ち込めている。不気味な*霏々朦々とした漆黒の霧が、土地一面に充満しているようだ。

 

「まあ、そんときはそんときでしょ。一応、お店がやってるかどうかだけ、確認してみてもいいんじゃない?」

 

泉はズカズカと庭を横切り、呼び鈴を鳴らす。

 

・・・・しかし、呼び鈴から音は生じない。

 

「あれー、鳴らないよー」

 

彼女はそれでも、未練がましく何度もボタンを押した。

 

「ほら、子供じゃないんだから止めなさいってば。失礼じゃない」

 

和子は眉をひそめる。

 

泉の行動は、貞淑であるべきアラサーの淑女としては、些か品性に欠けていた。

 

まあ、でもそれが泉なのよね。

 

和子は胸の裡で思った。

 

友達付き合いが長いと、相手の嫌な部分も、多少は目をつぶって黙認できるものだ。

 

「あっ、なんだ。開いてるじゃん」

 

泉はドアノブをひねる。

 

いともたやすく、気味の悪い威圧感を放っていたドアが開扉された。

 

「おっじゃましまーす!」

 

館内の様子を一切確かめずに、泉はドアの中に吸い込まれてゆく。

 

「ちょっと、本当に都合が悪かったらどうするの?」

 

和子の文句は、泉の耳に入らなかったようだ。

 

ドタドタと、館内に侵入する泉の足音が聞こえてくる。

 

「本当に、泉は自分勝手なんだから」

 

和子は呆れ混じりに呟いた。

 

*瀟洒 すっきりと洒落ている様子。

 

*霏々 雪や雨が絶え間なく降るさま 

 

*朦々 霧、煙などが立ち込めるさま。霏々朦々と書き連ねることによって、絶え間なく霧が立ち込めている様。という意味になるのではないかと存じます。

 

・・・・・難しい言葉ばかりを使ってすみません。

 

つづく

 

我が胸の奥の底には

 

師走の木枯らしが吹き抜ける寒さが、肌に凍みる。

 

 

茫漠とした気持ちで、私は寂れた路地を歩いていた。

 

 

冬は陽が傾くのが早い。一日が、夏場よりも短くなったような気がする。

 

 

私の襤褸のコートを何年も使いまわし、裾には穴が空いていた。ジーンズも、毎度同じものを着用している。いわゆる出不精だ。

 

 

もはや歳は二十代の半ばを過ぎ、もうすぐ三十路に差し掛かろうとしていた。世間的にいえばそろそろ妻帯し、会社でもまあまあな役職に就いている年頃だろう。

 

 

私はそういった、一般的な路線から逸脱していた。

 

 

不甲斐ない、だらけきった大人だと嘲笑されても仕方がないだろう。

 

 

しかし、世の中の凄まじい勢いで荒れ狂う奔流から逃れていると、今さら社会に溶け込めるのか自信がなくなってくるものだ。

 

 

私は、幼少の頃から集団に属するのが苦痛だった。

 

 

だが、これは正確ではないかもしれない。もっとpoliteに言えば、集団の中心にいることができない性分だった。できるだけ、人目のつかない端のほうに端座していたかった。

 

 

大きな流れに呼応するのが怖かったのかも知れない。物心ついた頃から斯のような童だったので、三つ子の魂百までと云うように、依然としてその性分は私に引き継がれている。

 

 

漠々とした漆黒の暗闇を、呆けたようにあてもなく彷徨う。

 

 

それが私の姿だった。

 

 

 

※ブログを投稿しようとしても、小説でも一筆書いてみようかも思っても、全然頭が回転しないので、思うがままに執筆してみました。

 

 

機会があったら、今度は旧かなづかいで書いてみたいです。

 

 

基本的に、自分は長文を連ねることができないやうです。

 

 

なので短文投稿します。

 

 

平気で数千文字書く人が羨ましいです(´;ω;`)

 

私と全集②

 

私と全集②

 
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思い付きで、なんとなく書かせていただいております。

 

 

 

今日は行政書士の勉強もあまり進まず、今読んでいる泉鏡花婦系図(現代日本の文学Ⅱ-1)も、低血圧のせいかどうにも頭が回らず読み進めないでいる。

 

 

 

戸川幸夫動物文学全集を読み終わったのち、似たような本はないかと探していたら、図書館で講談社から発行されている「世界動物文学全集(30)」を発見した。戸川幸夫の全集が15巻だったので、巻数はその倍になる。

 

 

 

漠然と自然に興味があった時期なので、早速ヤフオク30巻揃いで売っていないか確認した。確か、7000円くらいで買った気がする。

 

 

 

「古きよき時代の懐かしい古典から、現代に至るさまざまな秀作を網羅し、自然回帰への渇仰に応える空前絶後の集大成」と、帯に書いてあった言葉がなんとも全集らしい。

 

 

 

当時は就活もせず、大学での友人付き合いも皆無だったので、本を読む時間は大いにあった。バイト代は殆ど大学の学費に消えていたため、趣味といえば金のかからない読書くらいなものだった。

 

 

 

ジャングルブック」や「ジェニィ」のような児童書に近いものからノンフィクションの「私のルーファス」「愛しのエルザ」「野生に帰れ」非常に難解な「自由の大地」など。動物文学というテーマを基準に、様々な小説を集めたものになっていた。

 

 

 

最初に読んだのはバイコフの「偉大なる王」だったと思う。しかし、動物文学のなかでも非常に有名な小説のはずなのだが、イマイチ内容を覚えていない、ジャク・ロンドンの「白い牙」や「野生の呼び声」の内容はよく覚えているのだが、なぜだろう。

 

 

 

逆にあまりメジャーではないと思われる「クマオンの人食いトラ」のトラ狩りの話や「霧の中のトラ」のような、トラが檻から脱出して大騒ぎになる話はよく覚えている。全集のいいところは有名な話から、知名度は低いものの読んでみると面白い作品に出合えるところだろうか?

 

 

 

先ほど難解な作品だと指摘した「自由の大地」(ロオマン・ギャリイ著)などはその一例だろうか。この巻はほかの巻よりも分厚く、時系列が前後する部分が多いので読むのに苦労する。巻末の解説にも

 

 

 

アンドリッチの「子羊アスカ死の舞踏」で少々戸惑いを覚えた読者は、スワースアウトの「動物と子供たちの詩」で困惑を深め、この「自由の大地」で大石に頭をぶつけたような気になり、困惑を通り越して腹を立てたのではないのだろうか。

 

 

 

と指摘している。

 

 

 

しかし、この自由の大地はフランスの文学賞である「コンクール賞」を得るなど、世間的な評価は悪くない。

 

 

 

主人公のモレルは仏領赤道アフリカにおいて象の保護を訴えるのだが、やがてテロ活動に発展。一時は現地人の賛同を得るものの、実際は両者の考えに乖離が生じており、主人公のモレルは最後に孤立化することになる。確かそんな話だったと思う←話を要約して分かりやすく伝えるのって難しいよね。

 

 

 

また、モレルと行動を共にしていた現地人のワイタリの言葉が印象的だった。

 

 

 

しかし、私たちは、今なお子供たちを食べにやってくる前史時代の象やライオンと時代を同じくして、いろいろなお守りなどを大切にする無知の中にうずくまる大陸ではなくて、前進しつつある大陸となりたいのです。ジャングルは私たちにとって追い払わなければならない害虫です。私はあなたがたが素晴らしいと叫ぶそれらの動物どもの打ち殺すに少しも後ろめたさを感じません(P323)

 

 

 

それに対し

 

 

 

自然の尊重ということがどういうことかを理解するには、沢山の血を流さなくてはなりません。あの若者たちは実際あらゆる勉強にも関わらず的が外れておりました。もしあの生意気盛りの青年たちが、自然保護のために一生をかけるという気持ちにまだなっていなかったとしたら、それは彼らがまだ自分でそれほど苦しんでなかったからなのでしょう(巻末より)

 

 

 

自然保護を簡単にはいうものの、それを実際に理解するには、様々な苦難の過程を経なければならないということだろうか。ワイタリのような知識層からしてみたら、自分の故郷が無知で前時代的な境遇に置かれているのは納得できないだろう。しかし、発展の反面。自然は開拓されていかなければならない障害物である。ということだろうか?

 

 

 

環境倫理を考えていくうえでも、世界動物文学全集は役に立ったと思う。日本の戸川幸夫の動物文学全集に対し、世界動物文学全集は西洋の思想を主に重点を置いているので、キリスト教的な発想が強いように思われる。

 

 

 

動物救出大作戦のような、ダムに沈むジャングルの動物たちを保護しようとする活動は、旧約聖書ノアの箱舟に酷似している。創世記にみられるように、人間は自然や動物を管理するために創られたという考え方があればこそ、こういった活動が存在するのではないだろうか。

 

 

 

まだまだ書き足りないような気もするが、なんだかもう疲れてきてしまった。

 

 

 

世界動物文学全集を読んで、いろいろと考えさせられる節はあった。特にこの全集は巻末のあとがきの内容が鋭いので、そこだけ読んでみて、興味の持てそうな作品を読んでみるのもアリかも知れない。

 

 

偉大なる王(ワン) (中公文庫)

偉大なる王(ワン) (中公文庫)

 

 

 

 

野性の呼び声 (光文社古典新訳文庫)

野性の呼び声 (光文社古典新訳文庫)

 

 

 

白い牙 (光文社古典新訳文庫)

白い牙 (光文社古典新訳文庫)

 

 

 

自由の大地〈上〉―天国の根 (1959年)

自由の大地〈上〉―天国の根 (1959年)

 

 

 

自由の大地〈下〉―天国の根 (1959年)

自由の大地〈下〉―天国の根 (1959年)

 

 

 

 

 

 

 

私と全集①

 

学研から出版されている。現代日本の文学50巻をなんとか読み終えられました。なので、その記念にひとつ書いてみようと思います。



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↑近所の図書館で撮ったものです。

 

なんだかまあ、自己満であって自己満なのですが。ちょっとした記念に、どういう経緯で全集を読むに至ったのかを書いてみたいと思います。

 

 

なんで全集を読もうと思ったのか?

 

実はわたくし、大学時代に中二病を発症しまして(まあ、いろいろと学業や人間関係で悩んでいたわけです)一時期某小説サイトでわけのわからない小説を投稿していました。

 

・・・・まぁ、昨今の大学生の例に漏れず。文章などあんまり読んだことのないわたくしなので、非常に恥ずかしい作文を何万字と書いて投稿しておりました。物凄い熱の入れようで、一日中起きているときはパソコンに向かって、三日三晩文章を書いていたこともあったのですが、反面閲覧数は。

 

・・・・・(笑)

 

でしたね。

 

客観的に見て、人を惹きつけられるようなものはなく、文章も作文レベルだったのが現実だったのでしょう。ただ単に殴り書きをしていただけだったので、今考えてみるとズボンのチャックを開けたまま、外に出て大声で叫んでいたようなものだった思います。

 

 

不幸中の幸いは、その行為を見ている人が非常に少なかったということでしょうか。

 

 

(大学のレポート以外にやることは、バイトとゲームとニコニコ動画。にも関わらず意識高い系←苦笑。しかも留年)

 

まあ、こんな阿呆だったのですが。何か月と小説を投稿していくうちに、自分のボキャブラリーが全くないことに気が付きました。大学という日本の最高学府に通っているにも関わらず、頭脳は5歳で止まっている悲しい自分。往々にして人間というものは、自己評価のわりに客観的な評価がよろしくないものだったりしますよね。

 

中二病ならば(ry

 

理想と現実の差を思い知らされたわたくしは、意を決して本を読むことにしました。

 

 

戸川幸夫動物文学全集

 

まず初めに読んだのは戸川幸夫動物文学全集(全15巻)でした。

 

なかなかニッチなジャンルですね(笑)

 

なんとなくシートン動物記なんかに興味をもっていたので、ヤフオクで安く出品されているものを買いました。

 

あとはにわかにケモナーもやっていたからでしょうか(爆)。放サモとか地味にやってます。

 

↑案外こっちのほうが正真正銘の本心かも知れません・・・・・

 

最初は厚い本が15巻もある全集を買ったものの、全て読み切れるとは思ってもいませんでした。・・・・がしかし、第1巻の孤独の吠え声。これが結構面白かったです。

 

今のアニメやら、ラノベなんかの若者向けの媒体にはない面白さというものでしょうか。一昔前の渋い日本の感性に惹かれました。最後の結末はなんとも悲しい・・・一種の英雄譚とも言えるのではないでしょうか?

 

戸川幸夫は小説の筋も大体決まりきったようなものが多いのですが、失われてく日本の自然に関する話題や、猟師の話なんかは読んでいて面白かったですね。

 

密猟者万次郎、凍原に吠えるといったような北方諸島・南樺太が舞台になっている小説は、今となっては貴重なものではないかと思います。

 

また人食い鉄道や牙王物語も、王道的な小説でありますが。戸川幸夫の動物に対する愛、それに関する知識が非常に輝いている作品だと思われます。

 

↑まだまだいろいろと書きたいところですが、これくらいにしておきます。

※ちなみに、第一巻に収録されている「高安犬物語」は直木賞を受賞した作品です。

 

絶滅してしまった種に対する悔恨の念。そして、犬と人間の友情の物語・・・なんて書いてしまうと当たりさわりがないよなぁ

 

動物文学は、しいて言えばポ〇モンのサト*とピカ@ュウの原型とも言えるんじゃないかと思われます。

 

 

 

孤独の吠え声 (講談社文庫)

孤独の吠え声 (講談社文庫)

 

 

 

高安犬物語 (戸川幸夫動物物語)

高安犬物語 (戸川幸夫動物物語)

 

 

 

思っていたより長くなりそうなんで、暇があったら続きを書きたいと思います。

 

想像以上に、文章を書くって大変な作業だよなああ。

 

二時間かけて1500文字しか書けていない。

 

 

折り紙

 

小さい頃、結構ユニット折り紙が好きだったのですが、最近暇になってまた折り初めています。

 

読書や勉強は、こまめに休憩しないと出来ないのですが、折り紙は不思議とあまり休憩せずともできるのですよね。

 


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今日は折り紙と、現代日本の文学「石川淳」を読んだら一日が終わっていました。行政書士の勉強はあまり進んでいません……どうにも右手の調子が悪く、あまりノートが作れなかったのも原因の一因か。

 

現代日本の文学は現在44冊目で、あと16巻読めばシリーズ全てが読み終えられます。まだまだ道のりは長いですね。

 

全集読みなんて、なかなか古典的なことを趣味にしている僕ですが、色々と考えさせられることはありますし、今の日本人って色々なことを忘れ去っているのだなぁと思う次第です。

 

過去を知れば、今の世の中がわかる部分もあると思うのですよね。まぁ、僕みたいな暇な人間でないとやらないでしょうし、需要は微妙なところでしょうが、全集読みって結構楽しいですよ。

 

個人的な話になっちゃいますけどねー

 

 

 

 

 

勉強の合間に

 

折り紙折ってます。

 

大人になってからは、あまり複雑なものは折らなくなりましたが、配色を考えるだけで結構楽しめます。

 

暇があるって本当にいいですね。

 


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↑携帯からの画像を載せると、なんでだか横向きになってしまうのですよね。

 

あーあ。

 

本当に人生どうしよっかなー